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新・元自衛官の憂い  ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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  • :09/21/12:30

11111446 教訓

コンピューターの普及は軍事に対する理解を深めるきっかけにはなりましたが、どうしても本質が見失われてしまい、華々しい「戦略」「戦術」だけ注目されています。

しかし、実際の軍事では「兵站」が戦いの帰趨を決する重要なファクターになっています。

東日本大震災で、動員された自衛隊員の数字「10万」という数だけに注目されていましたが、〝元〟プロからすると恐るべきは10万人を動員して兵站がクリアできたことでした。

そして、それを可能にしたのが当時陸幕長であった火箱氏の高い作戦指揮能力と先見性の賜物と言えるでしょう。






発災直後から法的には問題のある指示を次々と出した火箱氏ですが、関東(東部方面隊)・北海道(北部方面隊)に対し補給支援を命じたことは特筆されるものです。

それに続き被災者支援を命じていること。偵察もまだの時に、すでに被災状況を予見し命令を下したものと思われます。

自衛隊は人命救助・捜索が主で、救出後は被災者は消防・警察、そして自治体が救出後の世話をします。自衛隊が被災地で生活支援をすることは、消防・警察、自治体機能が喪失してしまったことを予見していたかのようです。

誰も火箱氏の功績を讃えてはいませんが、火箱氏の存在は自国の中で救世主が居てくれたようなものだったのです。

火箱氏の英断により、派遣部隊は発災翌日には被災地に到着しており活動を始めました。

どれだけの英断だったのか、それは活動する部隊でわかります。

14日:第6師団(山形)、第9師団(青森)、第2師団(北海道)、第10師団(愛知)、第12旅団(群馬)、第2施設団(宮城)、第4施設団(京都)

15日:第4師団(福岡)、第5施設団(福岡)、中央即応集団(東京)などです。

これだけのスピードで被災地に展開できたのは、信じられないというのが正直な感想です。

当時、私は火箱氏を知らず、このような迅速な展開が可能だとは想像もしていませんでした。幕僚長は様々な方がいますが、高級幹部のトップになるとどうしても官僚的な思考になるようで、性格も自己顕示欲が強かったり、問題行動をされる方もいらっしゃいます。

かつて某空幕長を私が批判しましたが、それについてお叱りを受けましたが、全く知らない方ではないので批判もその時の思いも加えてお話したつもりです。

火箱氏の迅速な命令は、私には違和感を感じるほどのものでした。

こうした〝事実〟に目を向けず、時間が無駄に過ぎるのは教訓を生かせてないことではないでしょうか。

被災地で手を合わせるだけが、犠牲者に対する慰霊ではありません。震災から教訓を得ることも慰霊になると私は思います。

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