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憂い next ver.

新・元自衛官の憂い  ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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  • :09/21/12:23

05021410 むかしむかし、あるところに…

昔話をすると、自分は気持ちだけは若いと自負していますが実年齢を実感していしまいます。






역사를 잊은 민족에게는 미래는 없다
(歴史を忘れた民族に未来はない)
スポーツに政治を持ち込むことを好む民族が、サッカーの日本戦で横断幕を掲げて日本批判しました。

これがまた言いえて妙なのです。

30代以下の方は知らないことですが、1950年代は在日朝鮮人と日本共産党が結託して日本国内でテロをしまくり、1960年代になると安保闘争と60年代後半からはベトナム戦争反対運動で東京は騒乱状態。1970年代になると学生運動で投石、火炎瓶、竹やり、角材で機動隊を襲撃するという状態で、銃弾が飛び交わなかっただけで日本は内戦状態にありました。テロ活動も行われ、無関係な犠牲も多く出ました。

旧型の日本人である私は、日本共産党が若者を支持を得ているという話は信じられませんでした。

日本共産党はテロリスト集団であり、日本国憲法では変節した政党なのですから信用しろというのは無理です。

今でこそ護憲政党を自負する日本共産党です。ことに9条は絶対に変えるべきでないと主張しています。

日本の平和を護るかのような主張ですが、この主張の仮面の下には恐るべき素顔が隠されています。

日本国憲法が国会で審議された時、日本共産党の野坂参三は非戦・非武装に激怒します。

「我が国が自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある。それゆえに我が党は民族独立のためにこの憲法に反対しなければならない」と主張しました。

ごもっともな主張です!

野坂は戦争前に日本からソ連に渡り反体制派の取締りを行っていたLKVD(内務人民委員部)の教育を受けスパイになった人物です。

戦中は中国に入り、中国国内で活動しました。日中戦争で捕虜となった日本兵の教育を担当していました。

日本の敗戦とともにソ連経由で帰国し、厭戦・反戦の空気が広まりつつあった日本にとって英雄の帰国と共産主義者とそのシンパには映ったようです。

当然、帰国後もソ連共産党・中国共産党と繋がりがあったわけですが、憲法9条に反対しておきながら、時間が経過すると180度主張が変わります。護憲を主張するのです。私は共産党の秘技〝掌返し〟と呼んでいます。

今では多くの日本人が共産党の護憲を擁護し信じ込んでいますが、実はこれには裏があります。

日本共産党の最終目的は、日本の共産主義化でした。今ではソ連共産党は喪失しましたし、今も共産主義化を狙っているのかどうかわかりませんが、護憲の主張は変わっていません。

なぜ主張を180度変えたのか…。
それは、冷戦体制で自由主義陣営に組み込まれたからです。

自由主義陣営に組み込まれ、日本の防衛を担う自衛隊は邪魔なだけの存在であり、後方で活動するスパイにとって、これらを破壊するのが目的ですから、邪魔な存在は排除しなければなりません。

ですから、主張を変えて護憲に主張を変えて自衛隊の存在を否定するようになったのです。

それを知らない若者は反戦=平和と錯誤し共産主義シンパとなり、日本国内に暴力とテロをはびこらせたのです。

一部は極左暴力集団として過激派と総称されるようになりましたが、9.11以降の現在の私たちからすれば、過激派ではなくテロリストでしかありません。

その生き残りが、「中核派」です。革命的共産主義者同盟全国委員会を名乗り、公然拠点として「前進社」を構えています。

私は成田闘争で、彼らと対峙した経験がありますが、とにかく〝何でもあり〟の集団でした。拉致監禁、破壊活動は当たり前。政府側に立つ人間の素性を調べ上げ、家族を脅迫したり、関係者の自宅の放火や爆発物を置いたりと悪逆非道の限りを尽くしました。私などは街宣車で何度も名前を叫ばれた覚えがあります。

オウム真理教はカルトなテロリスト集団ですが、私にとっての中核派はゲリラ戦を展開されているように感じていました。

中核派は日本共産党の分派であることを知っておいてください。

成田闘争の終焉とともに影の薄くなった中核派ですが、東日本大震災による原発事故で息を吹き返します。絶滅危惧種が突然、個体数が増えるという驚異的な復活を遂げます。

それは、日本国内に広まった「反原発」ムードです。

中核派はこれを利用し、反原発を主張するようになり、反原発に合わせて機関紙やビラを配るようになりました。

中核派の主宰する反原発組織「NAZEN」まで立ち上げますが、この呼びかけ人には、あの「山本太郎」まで名を連ねています。借金問題でしどろもどろになって辞任した前都知事も中核派の活動家でした。

共産主義者の組織に名を連ねているのですから、園遊会で陛下に失礼な振る舞いをし、園遊会のマナーすら無視して平然としていられるのですから納得できます。

このように、若い人からは見えないものが旧型の人間には見えるのです。

ついつい昔話をしたがりますが、これもまた「歴史は忘れてはならない」ということだとお赦しください。

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