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新・元自衛官の憂い  ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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  • :09/21/12:31

11111446 震災から見える日本人の本性

報道や言論は自由であり、自由でなければなりません。

しかし、自由=何をしてもいいということではないのは誰もが承知していることです。

報道に携わる立場にある人間は、事実確認、専門分野の理解なくして報道することはあってはならないことです。





現在は恐怖という括りで定着した感のある「放射線量」ですが、原発事故発生直後からどのような報道が行われていたか検証すれば、報道する側の無知・無理解・ポリシーが大きく影響していたのがわかります。

『いったん(原子炉内で)メルトダウンすれば、次々と核分裂を起こして制御不能になる再臨界まで進む』

「再臨界」と「核爆発」を混同しているのですが、こうした報道が巷に出回り、放射能恐怖症を形成していってしまいました。

上関原発反対派のHPの記述には驚かされます。

『日本の原発は、たくさん放射能が漏れています。ごまかして隠してますが、原発地帯の子供達は奇形児や白血病が多いのです。
みなさんの子どもが、原発地域で育った女の子と結婚したいと言ったらどうしますか?
年頃の女の子は、奇形児を産む可能性が高いから結婚できないのです。
大人は、みんな癌で死んでいきます。
空も、海も放射能まみれです』

原発建設反対は尊重すべきことですが、それがどんな発言をしてもかまわないという、中国の愛国無罪のような免罪符は通用するものではありません。こうしたことを絶対に認めてはならないのです。

こうした無知・無理解に差別主義的思想家が、反原発をリードし、情報氾濫の社会では自分の欲しい情報だけを入手し、事実を知ったと錯覚し極端な行動に出る人が少なくありません。

無知・無理解が差別主義を増長させ、差別主義が正道であるかのような状況は被災地に瓦礫の山を残しているのです。

とあるサイトでは、(2012年6月23日の記事)「実際に被災地を歩いてい見ると、もはや市街地に大量のガレキが積まれたところはほとんど見つからない。新聞広告などが主張している「ガレキが復興の妨げになっている」という理由付けは、もはや現実を反映していない」と被災地には瓦礫の山が無くなっているかのようですが、2012年7月11日にアップされた宮城県石巻市の状況を伝えるものでは、瓦礫がうず高く積まれたままになっている画像がありました。

このように、自分の考えを正当化するため「捏造」した情報を伝達し、自分の意のままに巷間を操ろうとする輩が未だに存在しているのです。

私たちは「瓦礫」と呼んでいますが、被災地の方にとっては自宅や友人・知人の家が積み上げられているのです。

自治体の首長が被災地の瓦礫の受入を認めようとすると、その瓦礫のある自治体に電話で抗議があるそうです。

「宮城県は放射能で汚染されたゴミを全国に撒き散らすきなのか」

「もう岩手県は放射能で人の住めないところだから、土地を捨ててこっちに逃げてくればいい」

こんな電話が抗議といえるでしょうか。

これは無知・無理解が生んだ放射能差別です。

こんなことが罷り通り、いじめを無くそうとは片腹痛い話です。

我が恩師の言葉ですが、「一事が万事」とよく口にされていました。

当時は理解できませんでしたが、齢を重ねるごとに恩師の言葉の意味が理解できるようになりました。

現在の日本に「絆」はありますか?

あれは震災の流行だったのではないでしょうか。

見えないから怖いのは放射線だけではありません。見えないから怖いのは「幽霊」も同じです。

それが何ものかハッキリと見えれば、それが本当に怖れるものかわかります。

見えないから怖いと、放射能恐怖を煽る人が多く存在していますが、それは怖いから理解しようとしない=無理解が正常であるかのような間違った方向性を持たせてしまっています。

まだ被災地は復興どころではありません。

ちなみに私は段階的原発廃止を望んでいます。

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