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新・元自衛官の憂い  ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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  • :03/14/22:25

10190800 日中国交正常化は焦ったための失策ではなかったのか

昭和46(1971)年7月、ヘンリー・キッシンジャー米国務長官が北京を極秘訪問し、米中政府間協議を行いました。7月15日にはニクソン大統領自身が訪中を予告し、世界を驚かせました。

これは、ヘンリー・キッシンジャーによる冷戦政策の再構築により、新しい東アジア秩序の形成を模索するものでした。キッシンジャーは、日本抜きでこうした動きに出ており、米国の先手を取るために日中国交正常化が急がれました。

キッシンジャーは外交の達人だと評価されていますが、実際には嫌日家であり、極秘訪中した際に周恩来との会談で、「日米安保条約による在日米軍の駐留は、日本の軍国主義回帰を抑えており、同盟関係を解消すれば日本は手に負えない行動を取り始める」と警戒感を伝えました。いわゆる、これが「ビンの蓋」論です。

キッシンジャーの外交政策は、米国の国益しかなく、世界的な勢力均衡により、国際秩序を米国にとって受け入れやすい、つまり米国に都合の良い安定化を目指したものでした。

キッシンジャーにとって、日本は取るに足らない存在だったのです。





米国に見捨てられることを恐れ、日本独自に日中国交正常化を目指した田中角栄ですが、日中国交正常化は中華民国(台湾)を切り捨てることも意味していました。

中国、中華民国ともに他国による中国の二重承認を認めておらず、日中国交正常化が実現すれば中華民国と断絶を意味したからです。

私は、日中国交正常化を焦るあまり、日本は未来を見誤ったのではないかと考えています。

当時、中国はソ連との対立が激化しており、中国は中国側に付く国を求めていました。そこに付け込んだのがキッシンジャーでした。

確かに日中戦争という時代が日中間にはあり、加害者と被害者という前提条件がありましたが、それは中国共産党により煽動された中国民衆が、日本の権益を脅かし、現在でもいわれる日本の「自衛戦争」という側面も生まれたのも事実です。

歴史を見れば明らかなように、中国では義和団の乱に代表される排外運動は、「滅洋」にありました。

義和団の乱は鎮圧されますが、この鎮圧に当たった連合軍(イギリス、アメリカ、ロシア、フランス、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリア、日本)ですが、イギリスは南アフリカでボーア戦争中であり、アメリカは米比戦争中でした。

連合国は戦闘には勝ったものの、占領地支配には手を焼き、中国の領土支配の困難さに中国に関わらないでいこうとする動きが出始めました。

そうした困難さを連合軍司令官が「列強の力を合わせたとしても、中国人の4分の1でも治めるのは困難であろう」と語っています。

しかし、こうした列強と違い、中国支配を目指した二カ国が浮かび上がりました。それが、日本とロシアです。

中国が歴史問題を持ち出すのであれば、ロシアとの歴史問題も存在するはずで、なぜ日本との歴史問題だけを持ち出すのか、そこに意図的な日本人差別感情が存在すると見るのは間違いでしょうか。

国交正常化はスタートからつまずきました。

歓迎夕食会で田中角栄が、「過去数十年にわたって日中関係が遺憾ながら不幸な経過をたどってまいりました。この間、我が国が中国国民に多大のご迷惑をおかけしたことについて、私は改めて深い反省の念を表明するものであります」と語ったところ、中国側は静まり返ったそうです。

当時の通訳の証言では、出席者の3分の2は日本語ができたそうで、この謝罪に不満を持ったのだそうです。

中国側の言い分は、「『ご迷惑をかけました』では軽過ぎる」というのです。

彼の国の大統領が天皇陛下に謝罪要求しましたが、言葉尻をとらえて揚げ足を取るようなやり口は、ヤクザの民暴と同じです。

しかし、田中角栄は「和解しようとする家同士が、過去のことをとやかく言うのはどうか」と反論したそうです。田中角栄の凄さです。

周恩来はこれに反発し、田中はさらに「私は(旧満州に)出兵していたが、私の鉄砲は北を向いていた」とやり返したそうです。

もっともです!

折に触れ、日清・日露両戦役以降から日中戦争までの過程で起きた中国による日本権益の侵犯と国際慣習を無視した中国共産党の日本人虐殺・略奪・婦女子に対する陵辱などの犯罪行為をお話するつもりですが、日中戦争は一方的な戦争行為ではありません。そこに至るまでの「事実」の積み重ねが「戦争」へと繋がりましたが、それらを無視してい一方的な被害者の主張は間違いです。

日本に仮に中国に対し負わなければならない責任があるとするならば、それは「宣戦布告」無き戦争であったことのみです。

スタートから、つまずいた日中国交正常化ですが、それは果たして急ぐ必要があったのか。

キッシンジャーというドイツ系ユダヤ人であり嫌日政治家に、あまりにも事を急いた失策ではなかったのか。

乗り越えなければならないこと、目をつぶらなければならないこと、それらをリストにもせず事に当たって正常化してしまった、それが日中国交正常化だったのではないでしょうか。

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