憂い next ver.
新・元自衛官の憂い
ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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01221350 | [PR] |
01051200 | 日本崩壊 |
昨日、新年早々イヤな光景を見てしまいました。
これぞまさしく日本のモラルの現状を如実に物語るような光景でした。
郵便局に所用で行ったのですが、新年で予想以上の混雑ぶり。番号札を取り待つことしばし。5~6人の待ちだったのですが、私より3人前の人が呼ばれても局内におらず飛ばされました。
私が窓口で局員さんとやり取りしていると、仏頂面のオヤジが入ってきて隣の窓口でブツブツ言っています。
不在で飛ばされてしまったご本人の登場ですが、このオヤジ、なかなかのクレーマーぶりを見せ、態度は横柄そのもの。局員にブツブツ言い続ける姿は醜悪であり、同じ空気を吸っているこちらが情けなくなりましt。
何がこのオヤジをそうさせるのか、私には理解できません。どれだけ客が居ようと、その責任は郵便局には無く、飛ばされたのも自分がそこに居なかったことが原因であり、責められるべきは自らにあるのですから、これでは本末転倒としか言い様がありません。
これをモラル崩壊と言ってしまえばそれまでですが、あまりにも無責任な態度です。
これは、個人主義を曲解もしくは、まったくの無理解から生まれた行動であり、利己主義と個人主義を取り違えているだけの行動です。
個人主義とは国家や社会構成組織に、個人の権利と自由の尊重を主張するもので、勝手気ままな振る舞いが許されるものではありません。
日本人は稲作文化で共同体社会で生きてきました。複数の世帯が共同して農作業を行い、共同することで自らの糧を得るというシステムでした。こうした文化があったにも関わらず、西欧型の個人主義が採り入れられ、各自が自分で食べる糧をまかなえればそれでいいという考え方になりました。自分さえ良ければ、他人の事などお構いなし。西欧型の個人主義が、なぜ導入されたのかを考えず、稲作文化に狩猟文化を持ち込む暴挙を誰も考えませんでした。
稲作文化は天候に左右されることがほとんどで、個人主義が日本に入り込むと、稲作文化で培われた自然崇拝まで排除されるようになりました。これが、日本人の宗教観の欠落となっていきます。
『情けは人の為ならず』ということわざが、間違って解釈されていることが問題にされたときがありました。
〝情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくる〟ということであり、〝誰にでも親切であれ〟とい教えがあります。この言葉が大変興味深いのは、英語でも〝親切は無駄にならない〟ということわざがあり、文化の違いはないことがわかります。稲作、狩猟を問わず、人間の道義の問題と捉えていた証拠です。
情けは人の為にならない…笑い事では済まされないような気がします。モラルの崩壊は日本だけでなく、世界中でも問題が顕在化しています。人間の利便性の追求は、経済的安定を生み、人間社会を豊かにしてきました。その反面、捨てたもの、忘れたものがたくさんある。そう考えたくありませんが、現在のところ、当たらずとも遠からずといった状態です。
これぞまさしく日本のモラルの現状を如実に物語るような光景でした。
郵便局に所用で行ったのですが、新年で予想以上の混雑ぶり。番号札を取り待つことしばし。5~6人の待ちだったのですが、私より3人前の人が呼ばれても局内におらず飛ばされました。
私が窓口で局員さんとやり取りしていると、仏頂面のオヤジが入ってきて隣の窓口でブツブツ言っています。
不在で飛ばされてしまったご本人の登場ですが、このオヤジ、なかなかのクレーマーぶりを見せ、態度は横柄そのもの。局員にブツブツ言い続ける姿は醜悪であり、同じ空気を吸っているこちらが情けなくなりましt。
何がこのオヤジをそうさせるのか、私には理解できません。どれだけ客が居ようと、その責任は郵便局には無く、飛ばされたのも自分がそこに居なかったことが原因であり、責められるべきは自らにあるのですから、これでは本末転倒としか言い様がありません。
これをモラル崩壊と言ってしまえばそれまでですが、あまりにも無責任な態度です。
これは、個人主義を曲解もしくは、まったくの無理解から生まれた行動であり、利己主義と個人主義を取り違えているだけの行動です。
個人主義とは国家や社会構成組織に、個人の権利と自由の尊重を主張するもので、勝手気ままな振る舞いが許されるものではありません。
日本人は稲作文化で共同体社会で生きてきました。複数の世帯が共同して農作業を行い、共同することで自らの糧を得るというシステムでした。こうした文化があったにも関わらず、西欧型の個人主義が採り入れられ、各自が自分で食べる糧をまかなえればそれでいいという考え方になりました。自分さえ良ければ、他人の事などお構いなし。西欧型の個人主義が、なぜ導入されたのかを考えず、稲作文化に狩猟文化を持ち込む暴挙を誰も考えませんでした。
稲作文化は天候に左右されることがほとんどで、個人主義が日本に入り込むと、稲作文化で培われた自然崇拝まで排除されるようになりました。これが、日本人の宗教観の欠落となっていきます。
『情けは人の為ならず』ということわざが、間違って解釈されていることが問題にされたときがありました。
〝情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくる〟ということであり、〝誰にでも親切であれ〟とい教えがあります。この言葉が大変興味深いのは、英語でも〝親切は無駄にならない〟ということわざがあり、文化の違いはないことがわかります。稲作、狩猟を問わず、人間の道義の問題と捉えていた証拠です。
情けは人の為にならない…笑い事では済まされないような気がします。モラルの崩壊は日本だけでなく、世界中でも問題が顕在化しています。人間の利便性の追求は、経済的安定を生み、人間社会を豊かにしてきました。その反面、捨てたもの、忘れたものがたくさんある。そう考えたくありませんが、現在のところ、当たらずとも遠からずといった状態です。
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