憂い next ver.
新・元自衛官の憂い
ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
|
02091102 | [PR] |
09270800 | あたなの手は汚れています! |
オバマ政権が、シリアのアサド政権による化学兵器使用の疑いに、懲罰的軍事攻撃に出る動きを見せていました。
ロシアの仲介でシリアの化学兵器廃棄という奇想天外な動きになっています。
米国は軍事攻撃支持を日本から取り付けようとしました。
日本では未熟なメディアや政治家などが、「日米同盟に頼らざるを得ないという弱味があるから」とか「国防戦略的に米国のシリア攻撃は、日本にとって決して対岸の火事ではない」との判断から日本の支持を取り付けようとしたとされています。
しかし、これは大きな間違いです。
米国政府には「オウム真理教事件」で、日本は化学兵器に対し敏感であり、シリアの化学兵器使用疑惑に強く反発すると思ったのです。
ロシアの仲介についてですが、ロシアは化学兵器大国であることを知られていません。
ソ連は生物兵器禁止条約及び化学兵器禁止条約に加盟していますが、実戦配備されてはいないとされていますが、依然としてロシアのBC兵器問題は無視できないものがあります。
ロシア(ソ連)は禁止条約に加盟しているにもかかわらず、実際の削減には消極的であり、大量の化学兵器を保有しています。
未処理の化学兵器等の大量破壊兵器処分に米国の援助が懸念される事態を迎えています。
最も憂慮されるのは、ロシアの保有する大量破壊兵器の拡散の危険があります。
このような国が、シリアの化学兵器廃棄にかかわるとは臍でお茶を沸かすようなことですが、これが国際常識なのです。
ソ連は1925年、生物・化学兵器の使用を禁じた「窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらの類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」を正式に批准しています。
しかし、この条約はBC兵器の使用のみを禁じたものであり、その研究・開発・生産・配備まで禁じたものではありません。
第一次世界大戦でドイツの化学兵器使用を目の当たりにして、ソ連は活発にBC兵器の開発に乗り出しました。
その制式化は早く、1928年にはチフス菌を用いた生物剤が採用されました。
1933年にはモスクワに赤軍微生物科学研究所が設立され、生物兵器の研究開発は活発になりました。
1941年の独ソ戦の開始で軍需産業が疎開すると、生物化学兵器研究施設も疎開しました。
ソ連は独ソ戦初期、野兎病菌の使用が疑われています。
野兎病は人獣共通感染症で、人間が感染すると潜伏期間は3~5日で、突然の波状熱、頭痛、悪寒、吐き気、嘔吐、衰弱、化膿、潰瘍を発症。未治療でh3割以上の死亡率ですが、適切な治療が行われればほとんど回復します。
こうした使用疑惑は、1943年のソ連国内での野兎病の発生件数が年間1万件であったのに、1942年のスターリングラード周辺だけで10万件もの野兎病が発生したためです。
スターリングラードを包囲してドイツ軍内に大流行しました。
1953年、米国の生物兵器プログラムに対抗するために参謀本部第15総局が設立され、この下に多数の生物兵器研究機関が設置されました。
1972年、ソ連は生物兵器禁止条約に加盟します。正式名称は「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」で、ジュネーブ議定書で定められた生物兵器の使用禁止から踏み込んで、生物兵器の開発、生産、貯蔵等を禁止し、すでに保管されている生物兵器を廃棄することを定めています。
しかし、この条約は冷戦中に結ばれたもので、査察などによる条約の履行状況を確認する手段はありません。
核施設のように偵察衛星等での掌握が難しく、研究開発を把握することはできません。
ソ連は条約に加盟しましたが、生物兵器の課初を加速させます。
これは、進んだ西側の遺伝子工学の研究に遅れをとるとの危機感からのことです。
ソ連では生物の進化は遺伝的なものではなく、環境に左右されるという生物学説が有力であったため、遺伝学研究が進んでいませんでした。
ロシアのBC兵器プログラムは過去のものではありません。
生物兵器プログラムは条約に違反しているのがわかりきっているのに、国際社会は何の手段も講じることができていません。
プーチン政権は軍を掌握しているとはいえ、プーチン政権が生物兵器に関し何ら措置を取っていません。黙認されていると見るべきでしょう。
このような国がシリアの化学兵器廃棄に関わっているのです。
ロシアを批判しようとは思いませんが、これが億歳常識なのです。
こうした目に見えない部分にも、我々は眼を向け知っておく必要があるのです。
ロシアの仲介でシリアの化学兵器廃棄という奇想天外な動きになっています。
米国は軍事攻撃支持を日本から取り付けようとしました。
日本では未熟なメディアや政治家などが、「日米同盟に頼らざるを得ないという弱味があるから」とか「国防戦略的に米国のシリア攻撃は、日本にとって決して対岸の火事ではない」との判断から日本の支持を取り付けようとしたとされています。
しかし、これは大きな間違いです。
米国政府には「オウム真理教事件」で、日本は化学兵器に対し敏感であり、シリアの化学兵器使用疑惑に強く反発すると思ったのです。
ロシアの仲介についてですが、ロシアは化学兵器大国であることを知られていません。
ソ連は生物兵器禁止条約及び化学兵器禁止条約に加盟していますが、実戦配備されてはいないとされていますが、依然としてロシアのBC兵器問題は無視できないものがあります。
ロシア(ソ連)は禁止条約に加盟しているにもかかわらず、実際の削減には消極的であり、大量の化学兵器を保有しています。
未処理の化学兵器等の大量破壊兵器処分に米国の援助が懸念される事態を迎えています。
最も憂慮されるのは、ロシアの保有する大量破壊兵器の拡散の危険があります。
このような国が、シリアの化学兵器廃棄にかかわるとは臍でお茶を沸かすようなことですが、これが国際常識なのです。
ソ連は1925年、生物・化学兵器の使用を禁じた「窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらの類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」を正式に批准しています。
しかし、この条約はBC兵器の使用のみを禁じたものであり、その研究・開発・生産・配備まで禁じたものではありません。
第一次世界大戦でドイツの化学兵器使用を目の当たりにして、ソ連は活発にBC兵器の開発に乗り出しました。
その制式化は早く、1928年にはチフス菌を用いた生物剤が採用されました。
1933年にはモスクワに赤軍微生物科学研究所が設立され、生物兵器の研究開発は活発になりました。
1941年の独ソ戦の開始で軍需産業が疎開すると、生物化学兵器研究施設も疎開しました。
ソ連は独ソ戦初期、野兎病菌の使用が疑われています。
野兎病は人獣共通感染症で、人間が感染すると潜伏期間は3~5日で、突然の波状熱、頭痛、悪寒、吐き気、嘔吐、衰弱、化膿、潰瘍を発症。未治療でh3割以上の死亡率ですが、適切な治療が行われればほとんど回復します。
こうした使用疑惑は、1943年のソ連国内での野兎病の発生件数が年間1万件であったのに、1942年のスターリングラード周辺だけで10万件もの野兎病が発生したためです。
スターリングラードを包囲してドイツ軍内に大流行しました。
1953年、米国の生物兵器プログラムに対抗するために参謀本部第15総局が設立され、この下に多数の生物兵器研究機関が設置されました。
1972年、ソ連は生物兵器禁止条約に加盟します。正式名称は「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」で、ジュネーブ議定書で定められた生物兵器の使用禁止から踏み込んで、生物兵器の開発、生産、貯蔵等を禁止し、すでに保管されている生物兵器を廃棄することを定めています。
しかし、この条約は冷戦中に結ばれたもので、査察などによる条約の履行状況を確認する手段はありません。
核施設のように偵察衛星等での掌握が難しく、研究開発を把握することはできません。
ソ連は条約に加盟しましたが、生物兵器の課初を加速させます。
これは、進んだ西側の遺伝子工学の研究に遅れをとるとの危機感からのことです。
ソ連では生物の進化は遺伝的なものではなく、環境に左右されるという生物学説が有力であったため、遺伝学研究が進んでいませんでした。
ロシアのBC兵器プログラムは過去のものではありません。
生物兵器プログラムは条約に違反しているのがわかりきっているのに、国際社会は何の手段も講じることができていません。
プーチン政権は軍を掌握しているとはいえ、プーチン政権が生物兵器に関し何ら措置を取っていません。黙認されていると見るべきでしょう。
このような国がシリアの化学兵器廃棄に関わっているのです。
ロシアを批判しようとは思いませんが、これが億歳常識なのです。
こうした目に見えない部分にも、我々は眼を向け知っておく必要があるのです。
PR
- +TRACKBACK URL+