憂い next ver.
新・元自衛官の憂い
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02030355 | [PR] |
06070800 | メンマ・シナチク・ジャップ・ファシスト |
醤油ラーメンには欠かせない逸品「シナチク」。時代とともに「シナチク」は「メンマ」と呼ばれるようになりました。
シナチク=支那竹、中国の竹の意味です。
中華料理の食材で、麻竹(まちく)の筍を蒸すか茹でたものを、乳酸発酵させて天日干ししたものです。
日本では醤油ラーメンの具材として有名でしたが、「支那」という呼称が日本人の好きな〝言葉狩り〟で放送禁止用語にされメンマと呼ばれるようになりました。
メンマが浸透したのは、桃屋から発売された「味付メンマ」の影響が大きいようです。
しかし、メンマが中国で通用するかというと、あに図らんや通用しないのです。
言葉狩りするなら、中国で使われている言葉を用いるべきだと思うのですが…。
李克強中国国務院総理がドイツ・ブランデンブルク州にあるポツダム会談会場跡を見学し、日本との領土問題をポツダム宣言、カイロ宣言を持ち出し、日本の主張が無効であるかのような発言をしました。
全く関係の無い第三国で、日本のことを批判するのは外交儀礼上非礼なことですが、こうした事を当たり前とする解釈は中国に限らず韓国も同類です。
冊封関係の両国だけに、そこまで同じ事をするとは、いまだに冊封のDNAは遺されているようです。
私は領土問題をポツダム宣言・カイロ宣言を持ち出し関係付けたことよりも、李克強総理の発言内容を読むと、悪意に満ち満ちた言葉の羅列であり、日本政府は領土問題よりもこの発言に対し真意を問うべきです。
中国大使館の公表した内容を引用します。
『ポツダム会談会場跡は世界にとっても中国にとっても歴史的な意味を持つところだ。ここで発表された「ポツダム宣言」はファシストに対して正義の旗幟を掲げた。特に重要な点は世界のファシストに対して最後通牒を出したことだ。日本のファシストに対して最後通牒を出した20日後に、日本が「ポツダム宣言」を受け入れ、無条件降伏することを宣言することを人々は忘れない。中国人民の勝利であり、世界各国人民の勝利でもある』
〝ファシスト〟という言葉がまず引っ掛かりました。
ファシストとはイタリアのムッソリーニと国家ファシスト党が提唱した思想・政治運動を指しますが、第二次世界大戦で枢軸国に対する侮蔑用語として使われるようになったのが最初で、枢軸国側の敗北で蔑称として世界的に認知されるようになりました。
そもそも一党独裁国家・人権蹂躙が恒常化している御国の総理が、ファシズムを論じるのはお門違いも甚だしい限りです。
〝中国人民の勝利〟と言いますが、正確には中華民国の国民であり、毛沢東率いる中国共産党は山にこもって高みの見物を決め込んでいました。
さらに掘り下げれば、歴史の教科書でも明らかなように、戦時国際法上では「戦争」ではなく「二国間の軍事衝突「事変」だったのですから、戦勝国などというのはおこがましい話です。
日中戦争などと安直に使われますが、仮に日中戦争だったと中国が認めるのであれば、これは重大な問題です。
まず、「事変」とは最後通牒・宣戦布告を行わず戦闘行為を行うことですが、「戦争」となれば、第三国は戦時国際法上中立義務が生じます。
当時、中国の巨大な市場を狙っていた西欧列強は中国に多くの支援を行っていました。支援だけでなく、義勇兵も送り込んでおり、日本は気付いていたのかいなかったのか、中国大陸で規模の小さな世界大戦をしていたのです。
交戦国に対する軍事支援は、敵対行動とされていますので、正確には日本は中国を支援していた各国との間で戦争をしていたと見るのが妥当です。
「事変」としたのは、日本だけの考えによるものではなく、中国も各国からの支援の必要性から「事変」としていたのです。ちなみに、米国は自国の中立法を破っていたというオマケ付です。
テロリストによる国家改革が達成された明治時代。世界に躍り出たぽっと出の日本が、世界の権謀術数に完全にはめられたのがかつての中国との戦争であり、第二次世界大戦なのです。
繰り返しますが、中国は戦勝国ではありません。
ここからが重要なことです。
中国は国共内戦により1949年に中華人民共和国が成立しましたが、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)では内戦に敗北した中華民国を代表政権にするか、中華人民共和国を代表政権にするか米英の意見が一致せず、中国の招請は見送られ、日中間の講和は独立後の日本の選択に任せるとされました。
これに反発して周恩来外相(当時)が、隊に平和条約英米案は、1942年1月1日の連合国共同宣言が単独講和してはならないとしていること。カイロ宣言、ヤルタ協定、ポツダム宣言、1947年6月19日の極東委員会で採択された降伏後の対日基本政策等の国際協定に著しく違反するものと批判する声明を発表しています。
そんな国が、連合国の一員であるかのような顔をしてカイロ宣言やポツダム宣言を持ち出すのですから、自分たちこそ歴史を直視すべきです。
長くなりましたので、一旦ここで終わりにします。
次回また
シナチク=支那竹、中国の竹の意味です。
中華料理の食材で、麻竹(まちく)の筍を蒸すか茹でたものを、乳酸発酵させて天日干ししたものです。
日本では醤油ラーメンの具材として有名でしたが、「支那」という呼称が日本人の好きな〝言葉狩り〟で放送禁止用語にされメンマと呼ばれるようになりました。
メンマが浸透したのは、桃屋から発売された「味付メンマ」の影響が大きいようです。
しかし、メンマが中国で通用するかというと、あに図らんや通用しないのです。
言葉狩りするなら、中国で使われている言葉を用いるべきだと思うのですが…。
李克強中国国務院総理がドイツ・ブランデンブルク州にあるポツダム会談会場跡を見学し、日本との領土問題をポツダム宣言、カイロ宣言を持ち出し、日本の主張が無効であるかのような発言をしました。
全く関係の無い第三国で、日本のことを批判するのは外交儀礼上非礼なことですが、こうした事を当たり前とする解釈は中国に限らず韓国も同類です。
冊封関係の両国だけに、そこまで同じ事をするとは、いまだに冊封のDNAは遺されているようです。
私は領土問題をポツダム宣言・カイロ宣言を持ち出し関係付けたことよりも、李克強総理の発言内容を読むと、悪意に満ち満ちた言葉の羅列であり、日本政府は領土問題よりもこの発言に対し真意を問うべきです。
中国大使館の公表した内容を引用します。
『ポツダム会談会場跡は世界にとっても中国にとっても歴史的な意味を持つところだ。ここで発表された「ポツダム宣言」はファシストに対して正義の旗幟を掲げた。特に重要な点は世界のファシストに対して最後通牒を出したことだ。日本のファシストに対して最後通牒を出した20日後に、日本が「ポツダム宣言」を受け入れ、無条件降伏することを宣言することを人々は忘れない。中国人民の勝利であり、世界各国人民の勝利でもある』
〝ファシスト〟という言葉がまず引っ掛かりました。
ファシストとはイタリアのムッソリーニと国家ファシスト党が提唱した思想・政治運動を指しますが、第二次世界大戦で枢軸国に対する侮蔑用語として使われるようになったのが最初で、枢軸国側の敗北で蔑称として世界的に認知されるようになりました。
そもそも一党独裁国家・人権蹂躙が恒常化している御国の総理が、ファシズムを論じるのはお門違いも甚だしい限りです。
〝中国人民の勝利〟と言いますが、正確には中華民国の国民であり、毛沢東率いる中国共産党は山にこもって高みの見物を決め込んでいました。
さらに掘り下げれば、歴史の教科書でも明らかなように、戦時国際法上では「戦争」ではなく「二国間の軍事衝突「事変」だったのですから、戦勝国などというのはおこがましい話です。
日中戦争などと安直に使われますが、仮に日中戦争だったと中国が認めるのであれば、これは重大な問題です。
まず、「事変」とは最後通牒・宣戦布告を行わず戦闘行為を行うことですが、「戦争」となれば、第三国は戦時国際法上中立義務が生じます。
当時、中国の巨大な市場を狙っていた西欧列強は中国に多くの支援を行っていました。支援だけでなく、義勇兵も送り込んでおり、日本は気付いていたのかいなかったのか、中国大陸で規模の小さな世界大戦をしていたのです。
交戦国に対する軍事支援は、敵対行動とされていますので、正確には日本は中国を支援していた各国との間で戦争をしていたと見るのが妥当です。
「事変」としたのは、日本だけの考えによるものではなく、中国も各国からの支援の必要性から「事変」としていたのです。ちなみに、米国は自国の中立法を破っていたというオマケ付です。
テロリストによる国家改革が達成された明治時代。世界に躍り出たぽっと出の日本が、世界の権謀術数に完全にはめられたのがかつての中国との戦争であり、第二次世界大戦なのです。
繰り返しますが、中国は戦勝国ではありません。
ここからが重要なことです。
中国は国共内戦により1949年に中華人民共和国が成立しましたが、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)では内戦に敗北した中華民国を代表政権にするか、中華人民共和国を代表政権にするか米英の意見が一致せず、中国の招請は見送られ、日中間の講和は独立後の日本の選択に任せるとされました。
これに反発して周恩来外相(当時)が、隊に平和条約英米案は、1942年1月1日の連合国共同宣言が単独講和してはならないとしていること。カイロ宣言、ヤルタ協定、ポツダム宣言、1947年6月19日の極東委員会で採択された降伏後の対日基本政策等の国際協定に著しく違反するものと批判する声明を発表しています。
そんな国が、連合国の一員であるかのような顔をしてカイロ宣言やポツダム宣言を持ち出すのですから、自分たちこそ歴史を直視すべきです。
長くなりましたので、一旦ここで終わりにします。
次回また
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