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新・元自衛官の憂い  ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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  • :09/21/12:29

02010800 航空自衛隊航空救難隊

東日本大震災で航空自衛隊航空支援集団隷下の航空救難団の航空救難隊、千歳救難隊(千歳)、秋田救難隊(秋田)、松島救難隊(松島)、新潟救難隊(新潟)、百里救難隊(百里)、浜松救難隊(浜松)、小松救難隊(小松)、芦屋救難隊(芦屋)、新田原救難隊(新田原)、那覇救難隊(那覇)のすべての救難隊と、隷下部隊の三沢ヘリコプター空輸隊(三沢)、入間ヘリコプター空輸隊(入間)、春日ヘリコプター空輸隊(春日)、那覇ヘリコプター空輸隊(那覇)を派遣しました。

14個隊による救出は3,442人でした。





「航空救難」とは昭和35(1960)年12月24日付けの防衛庁訓令第56号により定義付されました。

航空救難とは、緊急状態にある自衛隊の航空機の乗員の救難に係る次の各号に掲げる業務をいいます。
●行方不明となった航空機の乗員の捜索
●航空機の乗員の救助
●航空機の誘導護送
●情報の収集、評価及び伝達

以上のように救難隊が災害等に出動するのは、「災害派遣命令」によって行われる活動です。

救難隊は24時間365日待機態勢にあり、出動態勢下にあります。

救難隊には救難捜索機U-125Aと救難ヘリコプターUH-60Jが配備されています。

U-125Aは巡航速度771km/h、航続距離4,200km、8時間以上の航続時間を活かし捜索・情報収集活動を担当します。

UH-60Jに先行し遭難現場で要救助者の捜索に当たり、UH-60Jを誘導します。

UH-60は自動操縦、荒天時の飛行性能によりどのような条件下でも救難に出動できるとされています。

航続距離約1,295kmで自治体の防災ヘリの手の届かない場所に、航空自衛隊の救難隊は向かうのです。

U-125Aは基本4名(パイロット2名、機上無線員1名、救難員1名)、UH-60Jには5名(パイロット2名、機上整備員1名、救難員2名)が搭乗しています。

機長はクルーの安全に責任を負っており、二次災害の発生を防止しミッションの継続・中止を含め救難における指揮官としての役割を担っています。

救難隊が断念することは、救助する手段がなくなることでもあり、指揮官の決断は重大なものです。

昨今、パイロットを志望する海空の学生は救難志望が増え、空自では戦闘機志望が少なく問題になっているともいわれています。

救難員について何度かお話しましたが、UH-60Jに搭乗する機上整備員はコックピットのすぐ後ろに座り機の運航を補佐し、緊急時の対応を行います。常に機の状態をモニターし、燃料の管理、目視捜索、救難員の降下・回収するホイストの操作も行い、パイロットから機体の位置微調整も行います。

まだ理解を得られたとはいえない状況に自衛隊ですが、自衛隊は国民の共有財産なのです。それを有効に利用することは間違いではなく。納税者として当然の義務なのです。

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