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憂い next ver.

新・元自衛官の憂い  ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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  • :04/25/14:41

08111446 災害は忘れた頃にやって来る!

我が家にお住まいの猫ですが、東日本大震災から500日以上が経過した今でも、テレビ・ラジオ・携帯電話の地震の緊急警報音を聞くと、いかなる状態であってもテーブルの下にまっしぐらです。

忘れていないことへの驚きと、あの日・あの時の恐怖感が、猫たちの心に大きな傷を残したのだと思い知らされます。






しかし、人間である我々はどうでしょう。

政治は消費税増税で完全に政争となり、被災地を語る政治家は皆無。メディアでは新聞に被災地の状況を伝えるものが散見されますが、それだけ。

東日本大震災はもう忘れてしまったのかもしれません。

皆さんは、震災後に一時話題になりましたが、指定避難場所等に食糧や物資が備蓄されたということを耳にされている方はいらっしゃいますか?

これは、市区町村、都道府県、国に頼らなくとも我々にもできる可能性があります。

宮城県気仙沼市で、何の備えもない厳しい現実が被災民が直面しました。

気仙沼市の埋立地(標高1m)に県と国の合同庁舎が並立する形で建てられています。

地震発生直後、津波が来ると直感した住民は庁舎に避難しました。

県庁舎には、職員約70名、周辺住民らなど約220名が孤立。

発災した日の夜は、厳しい寒さにさらされますがストーブは1台だけ。

そのストーブは、お年寄りを集めた部屋で使われ、ほかは数人で肩を寄せ合い、1枚の毛布にくるまったそうです。

体に新聞を巻きつける人もいたそうです。

避難した人たちは、庁舎にあった「職員用」の乾パンや飲料水でしのいだそうです。

この二つの合同庁舎は、市の指定避難場所ではありません。一時避難ビルには指定されているようですが、食糧や毛布などの備蓄はされていませんでした。

備蓄については、「各自が持ち込むのが原則。一時避難用に間借りしているので備蓄を要請できない」と市は弁明しています。

このように、指定避難場所だけでなく、県や国の入る施設に食糧などが備蓄されていれば、災害時に役立つのは説明するまでもありません。

これらの物資は、災害用だけでなく、海外の災害にも転用が可能です。

備え有れば憂い無しといいますが、備えすら行われていないのが日本の現状です。

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