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新・元自衛官の憂い  ようこそ、時事&軍事雑学BLOGへ!
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  • :09/21/12:26

02270800 海兵隊

〝海兵隊〟といえば、USMC、アメリカ海兵隊を連想します。

歴史的には〝海兵隊〟の存在は、現在でも残る海兵隊としてはスペインの海兵隊が最も古く、創設は1537年とされています。日本では天文6年、室町幕府の時代です。





スペインは「大航海時代」と呼ばれる大海軍力を背景にインド・アジア・アメリカ大陸への植民地主義的海外進出の先頭に立っていました。

当時、艦船には艦載砲が装備されておらず、「海戦」は接舷戦闘が基本でした。接舷戦闘とは、海賊映画などでお馴染みの敵の艦船に乗り移り攻撃する方法です。木造船であるため、火をつけるといった方法も行われていました。この戦闘に活躍したのが「海兵隊」でした。

現在でも残る海兵隊では、スペイン・ポルトガル・フランス・イギリスと順に創設されました。

海兵隊は艦内警備任務も担っていますが、これは創設当初(16~17世紀)の艦艇乗組員は、一部の士官を除いて軍人ではなく、国王に「忠誠」を誓った兵士ではありませんでした。このため、艦内規律維持のため海兵隊が艦内警備を担当していました。

アメリカ海兵隊ではラテン語で〝Semper Fidelis〟(センパーファーイ!:常に忠誠を!)とのモットーがありますが、これも16~17世紀の名残なのではないでしょうか。

対艦兵器の発達は、海兵隊を水陸両用作戦(上陸戦)や強襲戦など陸海空兵力連携による統合作戦が主な任務となります。

アメリカ海兵隊は世界でも最大規模の編成です。

しかし、アメリカ海兵隊の歴史を振り返ると、創設は1775年アメリカ独立戦争でイギリスに海兵隊が存在しているのに対抗するため創設されただけでした。

軍人であったジョージ・ワシントンは海兵隊の創設に、自ら率いる陸軍からの兵力抽出に反対し、海兵隊は新たな募集で人員を確保しなければなりませんでした。

募集が行われたのは「居酒屋」で、現在でもこの居酒屋が海兵隊の誕生の地とされています。

当時、創設したばかりの得体の知れない海兵隊への入隊希望者は無く、酒に酔わせ泥酔させサインさせて入隊させるというようなことも行われていたようです。

募集で集められたのは、士官10人、兵200人といもので、大半は技能を持たない移民で、戦闘知識は皆無。初代海兵隊総司令官サミュエル・ニコラスは居酒屋のオヤジ(経営者)という現在のアメリカ海兵隊からは想像もつかないお粗末なものでした。

アメリカ独立戦争の勝利が確実になった1783年にアメリカ海兵隊は解散します。

1798年フランスとの緊張状態の発生で、アメリカ海兵隊は再建されます。

アメリカ海兵隊の初の海外派遣は第一次バーバリ戦争(アメリカ合衆国:オスマン帝国)、続いて米墨戦争(アメリカ合衆国:メキシコ)と海兵隊は活躍します。

第一次世界大戦では、士官4,000人、兵75,000人に拡充され、アメリカ合衆国欧州派遣軍の一部としてフランスでドイツ軍と激戦を繰り広げ、ドイツ軍の撃退に成功。その他地上戦において戦果を挙げました。

海兵隊の戦果は、陸軍から「戦果を横取りされた」と敵視され、予算配分を巡り争い、アメリカ軍内部に海兵隊不要論がくすぶり続けることになります。

このようにアメリカ海兵隊は存在価値が問われ続け、議会でも海兵隊の維持経費を「無駄」とされていたにもかかわらず、海兵隊が解散されなかったのは、海兵隊再建時に陸海軍と並列に位置付けられる法律で再建され、アメリカ軍内の独自の判断で解散させられず、議会内にも海兵隊擁護論者が存在していた事実もあります。

海兵隊の存在がクローズアップされ、アメリカ軍内部での扱いが180度変わったのが膨張を続ける日本の存在でした。

第二次世界大戦ではアメリカ合衆国陸軍は戦略上ヨーロッパ戦線に主眼を置き、太平洋方面には消極的でした。

太平洋方面では地上兵力を持たない海軍が島嶼制圧を含め単独で戦うことになり、海軍は同じ海軍省所管の海兵隊と連携する以外に打開策はありませんでした。

アーネスト・キング合衆国艦隊司令長官兼合衆国海軍作戦部長は、ジョージ・マーシャル陸軍参謀総長による海兵隊陸軍吸収に反対し、海兵隊を大統領直属の合衆国艦隊指揮下に置く手続きを取り、陸軍の反対を押し切り海兵隊の増強を図りました。

海兵隊は島嶼における敵前強行上陸を主体とする作戦展開を研究し、海兵隊航空団を拡充し、LVTなど海兵隊独自の戦闘車両の研究開発が進められました。

このLVTが発達し、陸上自衛隊はこれを研究用に取得する予算が計上されました。

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